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場内がざわめいている。
前野利樹は東京甲城大学医学部の大講義室に居た。
ここは、入学しやすいのと引き換えに学費が高いことで有名な私立大学だ。
昼休みで授業開始まで30分以上あるが、既に席は学生で埋まっている。
よほど簡単に単位を獲れる講義なのだろう。

前野は最後列の右端に座っていた。真後ろにはドアがある。
授業が退屈になったらすぐ逃げ出せる、怠惰な学生にとっては最良の位置だ。

前野は机に片肘をついて拳の上に顎をのせた格好で、前方に目を光らせていた。
遥か遠くに教卓が見える。
前列から一列ごとに段が高くなっていくため、前野の席からは全体を一望できた。

「先輩に聞いたけど、毎年12月の第1週に抜き打ちテストやるらしいよ」

「それって来週じゃん! サボって彼氏と旅行しようとしてたのに。超ヤバー、もう宿予約しちゃったよ~」

前野の左斜め前に座っている女2人が、周囲を気にする様子もなく、やたらと大きな声でしゃべっていた。
前野は偶然にも、授業に関する重要な情報を耳にすることができた。
しかし、特に関心が湧かなかった。
なぜなら、この大学の学生ではないからだ。

「ブブブブブブブブ!……」