これは、頭が薄い経営者がBOOKOFFに対抗して編み出した苦肉の策だ。
椅子でゆったり本を試し読みできるサービスで、客足を伸ばそうという作戦である。
テーブル傍には雑誌棚を設置。ご丁寧に全雑誌のビニールを剥いである。
元々、暇そうな人間がまだらに訪れる程度だった。そういう人種が椅子に腰掛けると、周囲を気にせず長時間かけてでも本を読破する。
結果、商品はますます売れなくなった。
夜9時過ぎ、いつも通り店内は静寂していた。
唯一存在する前野がウトウトしていると、引き戸が軋む音をたてて開いた。
前野の眠気が吹っ飛んだが、いらっしゃいませという掛け声は発さなかった。どうせ挨拶無しでも、客の反感を買わない雰囲気の店である。
一人客がレジの前を素通りした。
黒いサングラスをかけている。
花粉症対策には早過ぎる季節なのに、大げさなガーゼマスクが口から鼻筋までを覆っていた。
帽子を深く被っていて髪の長さは不明だが、華奢な体格から女だと分かる。
上は黒のロングコートで下は極細のジーンズだった。
女は奥の棚から雑誌を数冊抜いて、前野に背を向けて丸テーブルに座った。
女のコートはよれていて、所々白い糸クズが目立っているのが肉眼で分かる。
フェロモンが皆無で、婚期を逃した中年女といった感じだ。
この店にとっては、大して珍しくない客質である。
前野は居眠り前にしていた読書を再開した。