女が店を出てから閉店まで、90分以上あった。
その間に、前野は女が店に戻ってくると思っていた。
テーブルに携帯を置いたまま去ったからだ。

しかし、とうとう女は忘れ物を取りに来なかった。

(俺が店番している時に携帯を忘れるとは、なんて運の悪い客だ)

前野は携帯をダウンジャケットのポケットに入れて、店を消灯した。
外に出ると、BOOKOFFから明かりが煌煌と漏れているのが視界に入ってきた。
氷のように冷たくなっている、自分の店のシャッターを降ろして、駅に向かった。

前野の家は下町にあった。都心に近い割に地価が安い。学生向けの安くて旨い定食屋もたくさんある。

前野が生姜焼き定食をかきこんで、6畳1Kのアパート部屋に着いたのは、午前0時前だった。

テレビをつけてコタツに入る。
片手に古本屋で拾った折り畳み式携帯を握り締めていた。

(あの女はどんな人物だろう?)

身元不明者の携帯を拾った時は、涼に渡す前に前野が携帯チェックをしていた。
持ち主の環境を探りながら、携帯が幾らで売れるか予想するのを楽しむためだ。
また、公正な取引を成立させるためでもある。
以前、値段を提示した涼に、落とし主の携帯に金持ちで騙され易そうな親友が登録されている事を主張したら、3万円値が上がった。
時々安値をふっかける涼に一杯食わされないためにも、綿密なチェックが必要だ。