「あ、はい……そういうことなら、分かりました」

「すいません、初めての方にぶしつけなお願いをして。それで、ダイニングキッチンのベランダから入って欲しいんです。猫が入れるぐらい窓を開けてあるから、外から見てもすぐ分かると思います。ディレクターが5分で終わるって言うから、窓を開けたまま出たんだけど、結局長引いて。猫がいつ戻るか心配で心配で……」

「じゃあ、早めに行って捨てといた方がいいですね」

「本当、ごめんなさい。水は台所の下にあります。コップは流しにでも置いといて下さい。あとは、ダイニングでくつろいどいて下さいね」

電話が切れても、機会音声の余韻が残る。
妙なテンションのオバちゃんが頼み事をするような感じだった。
だが、前野の心中は踊っていた。相当自分は信頼されている。

(いきなり大役を引き受けてしまったな。それにしてもアマは、些細な猫の心配をするぐらい優しい女性だ。世間は何も分かっちゃいない)

前野は目白に来る途中、電車の吊革広告で見た宣伝文句を思い出した。

《アマは天狗、女王様気取り!
こうも性根腐り我がままになるのか?!
人気絶頂アイドルの実態!!》

でたらめ記事を書かれる売れっ子の宿命――前野は根も葉もない噂を流すマスコミに立腹していた。
自分だけは、アマを理解できる人間だと自負する。